vol.7「FMシアター はるかぜ、氷をとく」(NHK/2021/50分)
放送ライブラリーで公開している数多くの番組から、スタッフがお勧めしたい番組を連載形式でお届けする企画、7回目を担当するのは、テレビ・ラジオ番組アーカイブ業務をしているOです。
今回ご紹介するのは、
渡辺あやさん作のラジオドラマ「FMシアター はるかぜ、氷をとく」
(2021.3.13放送/NHK福島局)です。
渡辺あやさんといえば、「ジョゼと虎と魚たち」、「メゾン・ド・ヒミコ」、「天然コケッコー」など映画脚本だけでなく、「その街のこども」、「カーネーション」、「ワンダーウォール」、「今ここにある危機とぼくの好感度について」などなど、NHKのテレビドラマ作品を多く執筆されています。最近の作品では「エルピス-希望、あるいは災い-」(関西テレビ)が記憶に新しいですね。
「はるかぜ、氷をとく」は、東日本大震災をきっかけにすれちがってしまった姉妹とその子どもたちの10年間の心の内を静かに追いかけています。
登場人物は、祐実(姉)と麻子(妹)、そして祐実の息子・麦(ばく)と麻子の娘・こなみの4人です。
物語は、ともに高校2年生、いとこ同士の麦とこなみが携帯電話で話す場面から始まります。
(後で知り衝撃だったのですが、なんと、こなみ役の中村天海さんはオーディションで選ばれた福島出身の18歳、演技初挑戦だったようです!序盤の瑞々しい高校生のやりとりで、一気に引き込まれます。)
それぞれの母(姉妹)同士が喧嘩をしてしまったらしく、お互いの親の様子を気にする麦とこなみ。二人は東日本大震災があった2011年当時はまだ7歳。お互い近所に住み、生まれてからずっと一緒に遊んでいましたが、シングルマザーの祐実は麦を連れて「自主避難」を選択し、故郷の福島を離れ千葉に引っ越します。
母(姉妹)同士の喧嘩の原因は、実家の庭に咲く1本の桜の木でした。
その桜の木は姉妹が生まれる前からあり、毎年麦とこなみを連れて花見をした思い出の木でもありました。
しかし、麻子はこの桜の木を切ることに決めます。そのことに祐実は猛反対。2人は大喧嘩してしまうのです。
なぜ、麻子は桜の木を切ることに決めたのか。
そこに、10年前の震災が大きく影を落とします。
ドラマの中で、祐実と麻子のモノローグがあります。
祐実には祐実の、麻子には麻子の、心に秘めてきた事情を知り、
あの日を境に、すれちがわなくてよかったはずの気持ちや世界がちぐはぐになってしまったことの虚しさで胸がいっぱいになります。
でも、この作品タイトルを思い出してください。
「はるかぜ、氷をとく」。
七十二候の第一候である「東風解凍(はるかぜこおりをとく)」(※春を告げる柔らかい風が、冬の厚い氷をとかしはじめる)の言葉のとおり、その先には少しだけ希望があります。
ドラマの中で、スピッツの曲「田舎の生活」が流れます。
祐実にとって好きだったはずのこの曲が、震災を境に苦しく聴こえてしまうという場面があるのですが、最後にもう一度この曲が流れるとき、「あの頃(震災前)に戻ることはできないけれど、また笑って会えたらいいね」という柔らかくて温かいメッセージを感じました。
(歌詞を知らない方は、ぜひドラマを聞いて噛みしめてみてください!)
ちなみに、「ワンダ―ウォール」でタッグを組んだ岩崎太整さんが音楽を担当されているので、こちらの書下ろし楽曲も必聴です!!!
思い返してみると、渡辺さんの作品はいつも手厳しさの中に深い情を感じます。言葉にしづらい痛みや苦しみは、大人になると紛らわすのがうまくなりますね。でも、渡辺さんの台詞はそれを許さないというか、何歳になっても自分の感情に蓋をせず向き合うよう、鋭い言葉を使いながらも優しく背中を押してくれている印象を受けます。
このラジオドラマを聞き、私は言葉を尽くさないまま別れてしまった人たちのことを思い浮かべました。時間を戻すことはできないけれど、また笑って会えたらいいな、と思います。
長くなってしまいましたが、この作品をきっかけに、渡辺あやさんの言葉の世界、ラジオドラマの魅力にどっぷりはまっていただけると嬉しいです。
最後に、放送ライブラリーで公開中の渡辺あやさんの作品をご紹介します。
広島発ドラマ 火の魚(2009/NHK)
阪神・淡路大震災15年 特集ドラマ その街のこども(2010/NHK)
連続テレビ小説 カーネーション〔1〕 あこがれ(2011/NHK)
連続テレビ小説 カーネーション 総集編 前編 あこがれ(2011/NHK)
連続テレビ小説 カーネーション〔151・終〕 あなたの愛は生きています(2012/NHK)
連続テレビ小説 カーネーション 総集編 後編 あなたの愛は生きています(2012/NHK)
土曜ドラマ ロング・グッドバイ〔1〕 色男死す(2014/NHK)
土曜ドラマ ロング・グッドバイ〔5・終〕 早過ぎる(2014/NHK)