vol.8『ドラマ 鳥帰る』(NHK/1996/90分)
放送ライブラリーで公開している数多くの番組から、スタッフがお勧めしたい番組を連載形式でお届けするこの企画。今回は、昨年11月に亡くなった脚本家・山田太一氏の『鳥帰る』を取り上げます。『岸辺のアルバム』、『ふぞろいの林檎たち』(共にTBS)といった有名ドラマに比べると、比較的地味な作品かもしれません。執筆は、施設・広報担当のSです。
「鳥帰る」は春の季語で、雁、白鳥、鶴など日本で越冬した渡り鳥が、春を迎えシベリアなど北方へ飛び立っていく様子を指します。安住敦の句「鳥帰る いづこの空もさびしからむに」がモチーフとなっており、どこへ飛んで行ったって寂しいだろうに、という物悲しさが通奏低音のように流れています。
主な登場人物は3人。木崎(杉浦直樹)は美術館を停年退職した62歳の元学芸員。32年連れ添った妻は認知症を患い、なぜか夫である木崎だけを異様に嫌い、避けるようになっています。何が悪かったのか自問自答するも、自分を見るや背を向け全身で拒否する妻を前になすすべもありません。
30代半ばと思われる麻美(あさみ・田中好子)は、故郷の鳥取で出会った男と駆け落ち同然で東京に出てきて4年半。二人で小さなスナックを開いていましたが、夫は若い愛人を作り今や夫婦の仲は冷え切っています。「信用できない男」だと結婚に猛反対した母を、文字通り突き飛ばして実家を去った麻美は、今度は自分がその男に突き飛ばされて途方に暮れています。夢中で働いてきた東京に友達はおらず、弱音を吐ける相手は誰もいない。
新也(村上淳)は、進むべき道を見失っている21歳。写真の専門学校に通うため高価なカメラを親に買ってもらったものの、写真の芽は出ず意欲も湧かず、母親に尻を叩かれ続けています。とはいえ日中はパチンコ店で働き、今で言うニートや引きこもりとは違う様子。
この、てんでバラバラな3人が偶然出会い、麻美の里帰りに同行することになる、その道中を追ったロードムービーでもあります。28年前のバスターミナルや駅、新幹線内の様子、街並、人々の顔つきや服装など、「ああ、こうだった!」とか「こんなだったっけ?」という、懐かしさと新鮮さにも満ちています。
大きな事件は起こりません。3人が東京から鳥取へ移動し、鳥取砂丘や三朝温泉など幾つかの名所に立ち寄り、麻美の母(香川京子)と会う。いわゆる「ドラマのあらすじ」としては淡々と進む中で、意地の張り合いや架空の幸せ自慢、お世辞、嫌味、相手を責めたり思いやったり、己の不甲斐なさを恥じたりする、嘘と本音のリアルな台詞が紡がれていきます。
山田太一作品には、『ドキュメント72時間(NHK)』や『家、ついて行ってイイですか?(テレビ東京)』を見ている時に通じる感慨が湧くことがあります。日々すれ違う人たちの一人一人に、他人には全く伺い知れない物語がある。その無数の物語は、それぞれの絶頂もどん底もありながら、多くは劇的なハッピーエンドなど迎えることはなく、日常に収斂されていく。この脚本のト書きに、「三十代の男 生真面目にたとえば中華料理屋の調理場で働いて世帯を持っているというような」という一文があります。1シーン登場するだけの人物にここまでの背景を持たせているところからも、山田氏の人間へのまなざしが伺えます。
旅を終えた登場人物もまた、元の生活へ戻っていきます。木崎は妻から毛嫌いされ続け、新也はパチンコ店勤めをやめていない。麻美は、しばらくは母の元に身を寄せるのかもしれませんが、またささいなことで飛び出すのかもしれない。スカっとしたオチも伏線の回収もない、でもそれが人生だと、静かに諭されているかのようです。
筆者Sは、過去に何度か山田氏ご本人と接する機会がありました。セミナーに登壇された際のご案内、原稿チェックの依頼といった小さな接点でしたが、常に温和な表情と物腰の中で、些細な違和感を見過ごさない、切っ先の鋭い刃を垣間見ることがたびたびありました。氏のドラマに併存する優しさと厳しさは、ここから来ているのだと実感したものです。
放送ライブラリーでは、『鳥帰る』も含めた山田太一作品の脚本を、2024年8月末まで展示しています。『ふぞろいの林檎たちⅢ』の手書き原稿(コピー)もあります。癖のある山田氏の文字を見、今いちど山田作品を味わってみるのも良いのではないでしょうか。(番組ID 009885)<2024.8>