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第53回名作の舞台裏「聖母モモ子の受難」開催レポート

はじめに

1月20日、第53回「名作の舞台裏」を開催しました!今回は、市川森一脚本・堀川とんこう演出・竹下景子主演で、1982~97年にかけて計8本が制作された“モモ子シリーズ”の第2作「聖母モモ子の受難」(TBS)を取り上げました。

セミナー前半は、『聖母モモ子の受難』を上映。後半は、竹下景子さん・橋爪功さんをお招きし、堀川とんこうさんの証言映像(放送人の会収録「放送人の証言」)などを交えながら、モモ子シリーズやドラマ黄金時代について振り返りました。

”モモ子シリーズ”制作背景

まず、ソープ嬢というセンセーショナルな題材を扱った背景を、堀川さんの証言映像で振り返りました。
当初異なる題材で市川森一さんに執筆を持ちかけていましたが、中々ドラマにまで結びつかず断念。
その後、堀川さんが電車で「ソープ嬢が一晩で200万稼ぐ」という記事を目にしたことがきっかけで、「ソープ嬢が土地をもっていたら…?」など想像が膨らみ、物語が走りだしました。

下手から:司会・渡辺さん→竹下さん→橋爪さん(スクリーンは堀川さんの映像)

モモ子シリーズが生まれた80年代前半は、司会の渡辺さん曰く「70年代の混沌が終わってバブルに向かう直前であり、人々が、豊かさに欲が出てきた時代」でした。

さらに、77年のテレビ朝日「土曜ワイド」に端を発し、各局が2時間ドラマ枠を創設。ドラマ百花繚乱時代であったことも、誕生に大きな影響を与えました。モモ子シリーズも当初「ザ・サスペンス」枠で放送されていました。
各局しのぎを削って数字を競っていた時代、”エロティシズム”と”事件”は視聴者の心を掴む重要なキーワードだったのかもしれません。

チーム堀川とんこう集結!

今回のセミナーの開催意図について
渡辺:最も敬愛するドラマ界の名人である三人が、初めて顔を合わせた作品が「聖母モモ子の受難」いうことで企画した
と冒頭説明がありました。

この三人=堀川さん・竹下さん・橋爪さん が、モモ子シリーズ制作のために結集するまでに紆余曲折があったようで…
制作が決まったものの、キャスティングが大問題!オファーを断られるなどモモ子役のキャスティングに難航していた最中、市川森一さんの「竹下景子はやらないよなぁ~」というつぶやきから、竹下さんに白羽の矢が!すぐにオファーをしたところ、二つ返事で話が決まりました。
当時を振り返って、
竹下:当時28歳。自覚は無かったけど、自分を変えたい、冒険したかったのだと思う。1年早くオファーが来ていたら、引き受けていなかったかも…?

こうした様々なタイミングの良さが重なり、制作がスタートしたモモ子シリーズ。難しい役どころを演じるにあたり、
竹下:事前に吉原に市川さんや堀川さんみんなで見学に行った。衣装も、2作目は、私物を持ち込んだり、他所では絶対に着られない奇抜なものをモモ子のために用意した

堀川さんも竹下さんも、「続くとは思っていなかった」ようですが、第1作が高視聴率を記録し、その後モモ子シリーズとして15年に渡り番組制作が続きました。モモ子は8作の間に、ソープ嬢→芸者→仲居→老人ホームの経営者へと転身します。

モモ子シリーズが続くこととなり、マスコミからも好寄の目を向けられることもしばしばあったようですが、
竹下:アウトローな役をやらせてもらえるのは、一生に一度のチャンスだと思っていた。色々言われることもあったが、自分自身、面白がっていた節がある 
と前向きにとらえていたようです。

モモ子シリーズに2作目から参加した橋爪さん。毎回異なる個性的なキャラクターで、8作のうち6作に出演して作品を支えました。橋爪さんのアドリブが光る場面も多くあったようでした。
堀川:粗暴なトラック運転手、ずる賢い番頭など、名優の橋爪さんは個性的な役を沢山引き受けてくれた。PART4に出さなかったら、放送を偶然見た橋爪さんが「俺、なんで出てないんだ」と叫んだ話を聞いて、嬉しかった。
と振り返り、映像での発言を受けて、
橋爪:
当時、ラジオの仕事はあったけどテレビの仕事はあまりなかった。でも。とんこうさんが何かにつけて自分を起用してくれた。堀川さんは恩人。

堀川とんこうさんについて、
竹下:個性的な役を演じる素敵な俳優さんを大事にされる、とんこうさんの選球眼に敬服する
橋爪:堀川さんからオファーが来ると、「やりましょう」とすぐに引き受けてしまう
と、チームの信頼関係の強さを垣間見ることができました。

80年代以降のお二人の活躍

モモ子シリーズと同時期のドラマを語る上で欠かせない「倉本聰」さん「山田洋次」さん、そして先日亡くなられた「山田太一」さんというお三方をキーワードに話が進みました。
竹下さんからは、倉本さんの自宅に出演者が集まったエピソードや、橋爪さんからは山田洋二さんのカメラアングルへのこだわり、山田太一さんの脚本へのこだわりetc…とっておきのエピソードを披露してくれました。

またこの時代、吉村昭さんや平岩弓枝さんなど錚々たる作家が参加した作品も多く、
橋爪:この時代は作家と放送人の距離が近かった気がする。実験が双方でできていた
渡辺:
作家側もテレビという新しいメディアに興味があったのかもしれない。文学と脚本の間を往復していた

1989年に朝ドラ「青春家族」(NHK)に出演したことを契機に、橋爪さんの名前は一躍全国区となります。その時の役のイメージからか「良いお父さん役ばかり来るようになった。今やらせてくれれば、良い人殺しの役ができるのに、やらせてもらえない」とぼやき、会場が笑いに包まれる一幕も。

これまでとこれから

最後に司会の渡辺さんから、第一線で活躍し続けられるのかという質問を投げかけられ、
竹下:一つひとつ積み重ねた結果、いつの間にか今日になっていた。一つひとつの出会いを大切にし、現場で一つひとつ色々覚えていく。自分自身まだまだだと思うと、興味がつきない。
橋爪:一人では作品は作れない。役者は、熱い想いを持った人によって生かされている。今までそういった人との出会いの運に恵まれていた。
と、これまでの数々の出会いへの感謝の言葉で締めくくりました。

モモ子シリーズ以外でお二人が共演したのは、きょうだい役の『角筈にて』(99年・テレビ東京)と、夫婦役の『私が私であるために』(06年・日本テレビ)の2作品。
茶目っ気たっぷりな発言で会場を笑いに誘う橋爪さんと、柔らかい空気で会場を包み込む竹下さんとの掛け合いにあっという間に時間が経っていました。同時に、ぜひお二人が共演する姿を拝見したい!!と思ったセミナーでした(放送関係者の皆様何卒…!)。

モモ子シリーズについては、今回取り上げた『聖母モモ子の受難』のほか、第1作『十二年間の嘘 乳と蜜の流れる地よ、第4作『グッバイ・ソープガール』の3作を、放送ライブラリーにて公開しています。その他、堀川さん・竹下さん・橋爪さんの関連番組も多数公開しています!
気になった方はぜひ、放送ライブラリーへ!

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