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番組に記録された外国人を『隣人』として


 放送ライブラリーでは、番組制作者や教育・学術研究者向けに、専用の研究者ブースを設けている。大学で教鞭をとっている先生方は、番組をご自身の研究や授業でどのように役立てているのだろうか。今回は、昨年秋から研究者ブースを利用され、授業でも番組を活用された、青山学院大学文学部日本文学科の田中祐輔准教授にお話を伺った。
 



 田中先生の専門は日本語教育学。外国人の受入れ政策や多文化共生、日本在住の外国人向けの日本語教育について研究されている。「外国人と一口に言っても、時代と共にその出身国や来日の目的は変化してきた。出入国管理令が施行された1951年頃は、宣教師や興行師が多かった」そうだ。

 その後、出身地や年齢層も多様化がすすみ、2023年6月末の在留外国人数は322万人余と過去最高を更新、出身国・地域も全世界にわたっている。一方で日本のテレビ放送開始も、出入国管理令施行と同時期の1953年。「日本の外国人受入れとテレビ放送には関わりがあるのではないか」と思ったことが、番組に着目したきっかけと語る。

 現在は、「外国人」「日本語」等のキーワードで検索した約250本の放送ライブラリー公開番組を視聴しながら内容を細部まで記録し、データベースを作成している。「放送ライブラリーのHPは、番組タイトルや放送日だけでなく、番組概要や出演者、スタッフ名も掲載されており、タイトルに『外国人』『日本語』が入っていない番組もピックアップできた」という。番組を視聴しながら、ナレーションや人物の発言の文字起こしのみならず、発言した人の氏名・肩書や言語、テロップの文字、撮影された場所、背景に映った看板の文字やスタッフ情報に至るまで、こと細かに記録していく。「全部視聴したら30万字くらいにはなる。最終的に50万字程度のデータベースを作れれば、統計的にも意味のある量になる」とサラリとおっしゃるが、その根気と緻密な作業ぶりに驚かされた。「番組を見ていると、あたかも自分がその時代、その場所にいたような感覚になる」と作業を楽しんでおられる様子だが、記録することが多すぎて、「流行りの倍速視聴ではなく、スロー再生したいほど」だそうだ。

視聴しながら書き込んでいったデータがびっしり!


 番組で特に着目しているのは、ローカル民放局制作のドキュメンタリー。1つのテーマや人物を何年間も継続的に追い続けた番組は、地域に密着したローカル局ならではの力作も多い。スタッフ名で検索範囲を広げていくことで、「このディレクターはこんな番組も作っていたのか」という新しい発見にもつながった。「番組を数多く見ていると、80年代から90年代、2000年代へと至る外国人を取り巻く環境や法律の変化、個人の成長・変化が分かる。時代、場所ともに二度と撮れないシーンが記録されているのはありがたい」。時系列を縦軸に、データベース内のキーワードを横軸にして、気になるテーマは無限大に広がってゆく。
 
 田中先生は、大学の授業「日本語教育概論」「日本語教育特講」でも番組を利用された。広い視野での学びを得るために、日本文学科がカバーしている分野を概論として学ぶ授業で、テーマは「マイノリティと多様性」。主に1,2年生が受講し、「日本語教師を目指す学生だけではなく、文学一般を専攻する学生も受講する」とのことで、外国人問題に関心のある学生ばかりではない。

 授業では、国籍、不法滞在、技能実習生など、日本で暮らす外国人を取り巻く諸問題について扱った3番組をそれぞれ上映した。「番組を視聴するまでは、自分の周囲で外国人が生活していることに、まったく気付いていない学生も多かった」という。文字だけの情報と異なり、番組では取材された一人一人が、具体性を持って伝わってくる。「顔や言葉だけでなく、表情や涙、無言の間ですら、雄弁にその人を物語る。本物の当事者(外国人)は、どんな人物で、どんな人生で、何に困っているのか。それを知らないまま外国人政策の話をしても机上の空論」。番組の中の外国人は、それまで見えていなかった、あるいは「外国人」と一括りにしていた存在を「身近な隣人」として浮き上がらせ、一人の人間としての輪郭をクリアにしてくれた。


「番組を見たことで、学内の留学生と接するきっかけになれば」と語る田中祐輔准教授

 番組視聴というと受け身のような印象も受けるが、「授業中に皆で同じ番組を見ることで、アクティビティにつなげることができる」と語る。視聴後のディスカッションが盛り上がり、時間を延長することもあった。「今まで知らなかった」「気付かなかった」という発言の中で、「実は…」と自らに外国ルーツがあることを語り始めた学生もいた。

 複数の番組を視聴することで、複層的な視野を得ることができたのも成果だ。外国人、自治体、日本人住民など、立場によって事情や考え方は異なる。「表面的に善悪を判断するのではなく、マクロから捉えることで何が問題なのかが見えてくる」という。

 「長い時間と技術を投入し、国内外を取材、記録された番組は大きな財産。もっと社会の資源として活用されてほしい」と先生。また、「放送ライブラリーのような公的な団体が、きちんと権利処理を行った番組は安心して使える」と授業で使う利点を述べる。

 「テレビが面白いのは『出会いのメディア』という点。自分の好みや視聴履歴の枠を出ないコンテンツではなく、それまで全く関心の無かったテーマと不意に出会えたりもする」と語る。若者世代のテレビ・ラジオ離れが懸念される中、それまで接したことのないドキュメンタリーに触れたことで、その魅力に気付き、更に新しい番組やジャンルに関心が広がっていくことを期待したい。
【2024.3.14 於:放送ライブラリー 研究者ブース】

 
 ◆田中先生が授業で利用された番組◆
特集ドキュメンタリー リトル・トーキョー」(NHK/1971)
閉ざされた海 再入国不許可の帰国」(九州朝日放送/1988)
隣人 『記録』されない人々はいま」(東海テレビ/1992)
金沢のオカアサン」(石川テレビ/1994)
NNNドキュメント’12 ユリウスとロフマン 外国人介護士の1350日」(テレビ信州/2012)
ベトナムのカミさん ~共生社会の行方~」(北海道放送/2019)
 
放送ライブラリー 研究者ブース
番組制作、放送や放送文化など各種の調査・研究をする放送関係者、教育・研究者が利用できます。
 
教育利用サービス
放送ライブラリーが公開している番組を、インターネットを使い、教材として学校(学校教育法に基づいて設置された教育機関)の授業にご利用できます。
 
◆田中祐輔先生HP◆
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