vol.9『君が僕の息子について教えてくれたこと』(NHK/2014/59分)
放送ライブラリーで公開している数多の番組から、スタッフがお勧めしたい番組を連載形式でお届けするこの企画、今回はテレビ番組アーカイブ担当のSKからイチオシの番組を紹介します。
今回紹介するのは、
「君が僕の息子について教えてくれたこと」(2014.08.16放送/NHK)
※芸術祭賞大賞、イタリア賞シグニス特別賞、児童福祉文化賞、映像技術賞(撮影/渡瀬竜介)受賞
です。この番組は、世界中の多くの人々の希望の光となったある1冊の本にまつわるお話です。
本を執筆したのは、重度の自閉症である東田直樹さん。通常重度の自閉症である場合、会話も難しいとされますが、東田さんはパソコンや文字盤ポインティングを使うことで、高い表現力を持ち、コミュニケーションを取ることのできる稀有な能力の持ち主です。そんな東田さんが13歳の時執筆したエッセイ『自閉症の僕が跳びはねる理由』には、普段の生活の中で跳びはねたり、大きな声を出してしまう理由や何に興味があり、どんなことを思っているのかなど、自身の心の内が綴られました。
前述の通り会話などのコミュニケーションが難しい自閉症は、例え我が子であっても、何を感じ、思い、考えているのか、なかなか理解することができません。また当人も自身のことを上手く表現することができず、理解してもらえないという思いもあるでしょう。自閉症の方や周囲の人たちは、日々多くの苦しみと葛藤を抱えて暮らしているのです。
そんな中発行された東田さんの本には、これまでわからなかった自閉症の方の心の内が綴られており、自閉症の家族を持つ人々に大きな衝撃を与えることになります。番組に出演しているイギリスの作家・デイヴッド・ミッチェルさんもその一人でした。
ミッチェルさんにも重度の自閉症の息子がいますが、理解不能な行動をする息子をどのように愛せばよいのか、途方に暮れていました。そんな辛く、苦しい状況から時には社会に、自分に、そして愛する息子に対しても怒りを覚えたことがあるといいます。しかしある時、東田さんの本に出会います。(ミッチェルさんは日本で英語教師をしていたこともあり、日本語が堪能です)
東田さんの本を読んだミッチェルさんは、「まるで息子が語りかけているように感じ、救われた」と語るように、ずっと探していた答えを、東田さんの本の中に見つけたのでした。
この出会いを境に、ミッチェルさんは息子の行動には必ず理由があると考えるようになり、親子の関係は良好なものへと変わっていきました。東田さんの本はミッチェルさんと息子の間の架け橋となったのです。そしてミッチェルさんは、「この本は自分と同じように世界中の多くの人を救うはずだ」と、東田さんの本を翻訳して世界中に広める決意をします。
ミッチェルさんによって翻訳された本は、20ヵ国以上販売されるベストセラーとなりました。ミッチェルさんの思っていた通り、世界中に東田さんの言葉に救われた人々がいたのです。
番組内には、自閉症の子どもを持つ家族が東田さんの本について語るシーンがありますが、大切に東田さんの本を抱え、起きた変化を語るその家族の姿と表情から、これまでどれだけの葛藤を抱え、苦しんできたのか、そして東田さんの本にどれだけ救われたのかを感じ取ることのできる非常に印象的なシーンでした。
本を出版後も東田さんとミッチェルさんの交流は続いています。ミッチェルさんは、東田さんと会話をすることで自分の息子のことを理解しようとしていました。
そしてミッチェルさんは東田さんに「自閉症の息子に、父親として何をしてあげたらよいのか」と問いかけます。すると、東田さんは「そのままで十分。息子さんはミッチェルさんのことが大好きなのだから。子どもは親の笑顔を望んでいる」と答えるのでした。
私にも2人の娘がいますが、この言葉には非常にハッとさせられました。
私もやれしつけのために、子どもの将来のために、と必要以上に接し方を複雑に考えてしまうことがあります。いずれ自閉症の息子を残してこの世を去らなくてはならないミッチェルさんは、恐らく私以上に日々様々な考えを巡らし、息子と接していたことでしょう。
そんなミッチェルさんにとって、東田さんの真っ直ぐな言葉は、改めて何かを気付かせてくれるものであったようでした。
私の周りに自閉症の方はおりません。しかし、この番組や東田さんの本を通して、自閉症の方の中にある思いや考え方、そして繊細で豊かな感情を知ることができました。また同時に、自閉症の方やその家族が抱える葛藤や苦しみ、そして深い愛情を知ることができました。
東田さんという稀有な存在が、自閉症の方とその家族を繋ぐ架け橋となったように、この番組が多くの人の自閉症への理解の架け橋となることを願っています。
なお、放送ライブラリーでは、今回紹介した「君が僕の息子について教えてくれたこと」(番組ID:212376)だけではなく、続編の「NHKスペシャル 自閉症の君が教えてくれたこと」(番組ID:214646)もご覧いただくことができます。
ぜひあわせてご視聴ください。<2024.10>